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大和紡績を知る/Works

大和紡績グループの歴史

大和紡績スピリットの源流

1941年 「大和紡績(現 ダイワボウホールディングス)の誕生」

祖業である繊維事業は、綿華紡績、日出紡織、出雲製織、和歌山紡織の4社の合併により、1941年4月1日に誕生しました。合併4社が心を同じくして共に力を合わせ、仕事や作業に当たり企業の発展を図ることを目指し、聖徳太子の17条憲法第1条冒頭の句「和ヲ以テ貴シト為す」から「大きく和する」の意味を込めて、「大和紡績」と社名が決定しました。

また、当時より当社は「金鳥」をはじめとする糸、布の著名なブランドを持ち、帆布、カンバス製造など特色ある部門を擁するなど、総合多角化経営を進め、基幹産業として戦後のわが国の経済発展を支えた繊維産業の一翼を担いました。

総合繊維メーカーへの道 特色ある大和紡績

1960年~1980年代 「総合繊維メーカーへの道」

紡織部門では、製造技術の革新を進め、世界最初の空気精紡機による量産体制を構築するなど、その技術を確立して、商品開発を推し進めました。そこで誕生した「エアコット」は、大阪万博せんい館のユニフォームとして使用されるなど話題となりました。さらに、現在では様々なシーンで使用されている消臭繊維などの機能素材の開発もこの頃から注力していました。

 また、インドネシア等に海外生産拠点を設立するなど、世界を見据えた戦略をいち早く進めていました。

 

 一方、化繊部門では、合成繊維ポリプロピレンの企業化を決定し、播磨工場を建設して、当社唯一の合繊の最新鋭工場として期待を担い稼動しました。

 

 工業資材部門では、取り扱う素材の技術革新により、プラスチックカンバスや、合繊帆布を開発。新規事業にも積極的に取り組み、高性能カートリッジフィルタ-「セキソウ」や、土壌補強資材「タングレット」など環境対応の機能製品群のバリエーションを拡充するなど、市場の深耕拡大を推し進めました。

 

 こうした技術開発力を駆使した高付加価値戦略を推進し、総合繊維メーカーとしての基盤が築かれました。

 

1990年代 「変革への挑戦」

 バブル経済の崩壊を契機とした未曾有の大不況は、繊維業界にも劇的な構造変化の必要が求められました。そのような中で、社会的に存在感のある企業を目指し、選択と集中による事業構造変革への基盤づくりを推し進めました。

 

 紡織部門では、海外の生産拠点を拡充しグローバルオペレーションの強化を図るなどして、米国へのOEM商品の供給拡大の礎を築きました。

 

 一方、合繊部門では、マイクロファイバー不織布「ミラクルクロス」の開発に成功し、スパンレース不織布事業に本格進出を果たしました。さらに、原料となるポリプロ短繊維とレーヨン短繊維を擁する強みを生かして、フローリングワイパーなど様々な商品提案を推し進め、事業拡大を図りました。

 

21世紀を拓く「繊維会社」へ

2000年代~ 「第二の創業」

 情報技術の発展による高度情報化とともに社会・経済でのグローバル化が急速に進展するなか、組織体制の大改革に取り組み、2006年に大和紡績(現 ダイワボウホールディングス)は純粋持株会社体制へ移行しました。さらに大和紡績が持っていた事業を分社化し、ダイワボウノイ、ダイワボウプログレス、ダイワボウポリテック、ダイワボウアソシエ、ダイワボウエステートの各社に事業を継承しました。

 

 2009年にはダイワボウ情報システムとの経営統合を機に商号を「ダイワボウホールディングス」に変更しました。さらに、繊維事業を統括する中間持株会社『大和紡績』を新たに設立しました。

 

 繊維事業では、ジャパンクオリティを武器とした素材からの開発力に基づいた独自技術と、国内外における開発拠点・生産基盤・販売システムを有効活用したグループ協業戦略により、独創的な機能性素材・製品を生み出してきました。

 

2020年~ 新たな前進

 繊維事業における全体最適の観点から、変化の激しい事業環境における迅速な意思決定と各事業間のノウハウを融合すべく、大和紡績(中間持株会社)は、繊維事業中核会社のダイワボウノイ、ダイワボウプログレス、ダイワボウポリテック、ダイワボウアソシエ、ダイワボウエステートを吸収合併し、2020年4月から事業運営を主体とした事業持株会社『大和紡績』として、新たな一歩を踏み出しました。

 

 大和紡績グループは,これからも果敢に挑戦する姿勢を持ち続け、人々の夢と未来をかたちにする会社であり続けます。

 

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